リトルニコ爺の手記

わかばだいとかいうハンネでTwitterをやってる人が昔やってたYahoo!ブログから引き継いでリスタートした沼みの深いブログ。

ニッコール千夜一夜物語を振り返る 第三週 多様な35mmレンズ

イカ判用ニッコール単焦点レンズにおいて、35mmほど個性豊かな焦点距離は無いのではないでしょうか。ニッコール千夜一夜物語に登場する35mm単焦点を見てみましょう。

 

人気の35mm

35mmはちょうど標準と広角の中間にあたる焦点距離であり、準広角などと呼ばれたりします。『ニコンS型カメラの時代、カメラマンの三種の神器と言われたのが、3.5cm、5cm、8.5cmの3つの焦点距離のレンズでした。』(第三十七夜)などとあるように、非常に重要でポピュラーな画角です(「三種の神器」については、第二十一夜に『当時の交換レンズで“三種の神器”と言えば、3.5cm、5cm、10.5cmでした。』とも記載がある)。交換レンズとしてはもちろんのこと、レンズ固定式のカメラに搭載されるレンズとしてもよく選択された焦点距離でした。また標準ズーム成長期にもワイ端の焦点距離としてよく選択されました。そういう意味では近年では役目を28mmに奪われ気味とも云えます。

せっかくなのでレンズタイプ別にみていきましょう。

 

クセノター+ダブレット

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初手から変化球になりますが、ニッコール千夜一夜物語で最初に触れられた35mm単のお話です。発売当時もっとも明るいF1.8という口径を持ったこのレンズは、対称型のひとつであるクセノタータイプを基本としながらも、像面側に配置したダブレットで諸収差を補正しています。変形ガウスとも言えそうですが少し無理がありますかね。どちらにせよ、Z 35/1.8 Sとは比べ物にならないくらい小型なレンズです。

ところで、本文中で触れられている『しかし、博識の読者はお気づきかもしれません。最近になって、このレンズタイプを受け継いだレンズが登場したことを。』が指すレンズはいったい何でしょうか。私は博識ではないので残念ながらいまだはっきりとした結論には辿り着けていませんが、この記事が公開されたのがおそらく1999年、それ以前に発表された一眼レフ用ではない35mm級単焦点レンズを考えてみると、Coolpix 600(1998/3、搭載レンズ換算36mmF2.8)の可能性があります。ここの解明は今後の研究課題です。

 

ダブルガウス

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ガウスタイプの光学系が適する画角のうち35mm(2ω= 62°)は最も広く、つまりこれより広角側のレンズにガウスタイプのものはおそらくありません。一眼レフではバックフォーカスの都合上ガウスタイプの35mm単は作れませんが、そうでないカメラにはガウスタイプ(というよりは対称型全般)の広角単焦点を積んだものが存在します。

W- 3.5cmF2.5も、発売当時は最も明るかった35mmレンズでした(1952年の話ですからね)。F1.8と違いこちらはきれいなダブルガウスになります。

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この光学系は優秀であったため、小改良を加えてニコノス用のレンズに生まれ変わります。ニコノスは一眼レフの時代(1963年)に入ってからの発売ですが、水中カメラという特性上、ミラーボックスを搭載せずまた防水の専用マウントを採用しているため、バックフォーカスの制約がありません。おかげでニコノス用レンズとしてだけで35年を超えるロングセラー光学系となりました。

 

ゾナー

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 NIKKORではなく“Nikon Lens”、NIKKORを名乗れなかったニコン製レンズです。OEMですらなくちゃんと社内で設計されています(NIKKORを名乗るOEMレンズもありますけどね……)。

フィルムコンパクトに搭載されるレンズはテッサータイプが多かったとのことですが、このレンズはゾナー。4群5枚です。35mmでゾナーってすごくないですか???第36夜の復習ですが、ゾナータイプ(というか一般的に非対称な光学系)は近距離収差変動が大きいことが知られていますが、それも『非常にうまく補正している』のです。出遅れるのが常なニコンですが、しかし遅れながらも本気で仕上げてきていることがわかる、そんな一本(一台)です。

 

レトロフォーカス

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これでやっと一眼レフ用の光学系になります。焦点距離35mmは一眼レフのバックフォーカス長(40mm超)よりも短いので、上述の通り構造上対称型のレンズは作れません(レンズをミラーボックス内に突っ込む形にして作った対称型広角単焦点-O 2.1cmF4ですね)。バックフォーカス長を確保するために光学系の最も物体側に凹レンズを挿入し、いわゆる逆望遠型の配置にしたのが初期のレトロフォーカスタイプでした。

時代が下ると、このレトロフォーカスタイプ(の凸群)にさらなる最適解が見いだされます。それを初めて採用したのが-H Auto 28/3.5です。この発明を35mmにも採用して誕生したのがNew 35/2.8となります。第三レンズ以降が凸(絞り)凹凸凸の形になっているのがわかります。

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一眼レフ用の35mmも改良され明るいモデルが発売されていきます。F2.8の次に発表されたのがF2でした。

一般に、レンズの明るさを上げると(性能を確保するために)レンズが大きくなります。これは前玉径にも言える事です。しかし、FマウントNIKKORではフィルター径を極力φ=52または72に統一していましたから、特殊用ではない35mmレンズの前玉径の目標も52mmに設定されていました。大口径化とフィルター径の制約、相反するように思えるこの二つの条件を達成させるために採用されたのが、New 35/2.8でも採用されている絞りの前の厚肉レンズです。

『レトロフォーカスレンズの基本構成ともいうべきNikkor-H Auto 28mm F3.5』を踏襲し改良を加えて大口径化したこの光学系は非常に息が長く、Auto代からAI-Sまで、しかも継続販売レンズとしてAF-S ~Gの時代まで販売され続けました。

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35mmレンズはさらに大口径化されます。

ところで、明るいレンズは何のためにあるのでしょう?明るさを抑えればレンズを小型化できますし、使用するレンズの枚数も少なくなって値段も抑えられます。また解像性能も上げやすいです。しかしながら、サイズが大きくなり値段が上がっても、レンズが明るくなければならない場面があったのです。

それは主に暗所での撮影です。今でこそ躊躇なくISO感度を12800のような値に上げることができますが、当時はフィルムの時代です。高感度といってもせいぜい1600や3200。800でも高感度フィルムの扱いでした。そして面倒なことに、フィルムには相反則不軌という特性があり、長時間露光の際には一段絞った際に同じ露出を得るために必要な露光時間が倍以上必要になります。一段の明るさの重みが今と全然違ったのです。

35/1.4の光学系を見ていきます。これも-H Auto 28/3.5で完成した後群凸(絞り)凹凸凸のレトロフォーカスタイプを踏襲し、明るさを確保しつつ発生する収差を補正するために、レンズを分割し曲率のゆるいレンズを多く配置しています。レンズの曲率半径を小さくすれば、ある収差を補正する能力が高まりますが、そのかわり他の収差を大きく強くしてしまいます(『毒で毒を制す』)。コーティングが進化し、空気とレンズの境界面で発生するゴーストを抑えられるようになると、これを最大限活用して、枚数を増やして曲率半径を大きくする方向に舵を切るようになりました。このレンズも、今みれば少ない枚数ですが、当時は7群9枚は豪華だったと思います(2段暗い35/2.8は、上の通りNew代時点で6枚構成でした)。

 

おまけ1

レンズ枚数を抑えた小型軽量な35mm単焦点を1本紹介します。Nikon LENS SERIES E 35mm 1:2.5です(F2.5の再来!)。千夜一夜ではE75~150/3.5の回に名前だけ登場し、光学系についての解説はありません。

光学系としては、-H Auto 28/3.5の第1レンズと第2レンズを一枚の凹メニスカスレンズに集約したような5群5枚レトロフォーカスタイプになっています。上述のF2.8と比べて大口径化と低コスト化が図られた一本です。

 

おまけ2

こんどは逆に高級コンパクト。そう、35Tiです。レンズはNIKKOR 35/2.8(コンパクトには NIKKORの名を入れない主義のニコンでしたがこれは別格)、4群6枚の構成です。4群6枚といってもダブルガウスではなく、「脇本タイプ」の対称型であることが第一夜で明言されています。

 

35mmレンズは扱いが難しいと言います。うまくやらないと記録写真になってしまい、作品が作りにくいのです。しかし、ハマればなかなかいい絵を返します。35mm単焦点の歩んだ歴史に思いを馳せながら撮影に臨んでみてください。

 

(余談ですがこの記事書き始めてから一年弱も温めてたらしいです、片手間ブログなので仕方がないですね。ここまでご覧いただきありがとうございます)