リトルニコ爺の手記

わかばだいとかいうハンネでTwitterをやってる人が昔やってたYahoo!ブログから引き継いでリスタートした沼みの深いブログ。

ニッコール千夜一夜物語を振り返る 第二週 非球面レンズの歴史

最近では「非球面レンズ」という言葉を聞くのも珍しくなくなってきました。非球面レンズとは、レンズの表面の形が球の一部の形もしくは平面(の組み合わせ)になっていないもののことです。非球面レンズはいつからどのような目的で使われるようになったのでしょうか?ニッコール千夜一夜物語に登場するレンズの中で、非球面レンズが登場する光学系を振り返ってみましょう。

 

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「世界初の一眼レフカメラ非球面レンズ」の称号はニッコールが手にしました。そのレンズこそOP Fisheye-NIKKOR 10mm 1:5.6です。この魚眼レンズは一般的なものとは異なって「正射影(Orthographic Projection)」という射影方式を用いていることが特徴的です。最初の非球面レンズは、特殊用途レンズのためのディストーション(歪曲収差)を操るレンズでした。

ちなみに中古市場にあるのは見たことがありません。あったとしても値段がすごいことになってそうです。

 

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ニッコールではじめて発表された標準ズームがヨンサンパーロクではなくAuto NIKKOR Wide-Zoom 3.5cmF2.8~8.5cmF4であったように、社内で試作された非球面レンズの第一号は、OP Fisheyeではなく「ソフトフォーカスニッコール」でした。ニッコールにソフトフォーカスの印象がない方も多いのでは無いでしょうか。それもそのはず、ニッコールでソフトフォーカスといえばフィルターかふわっとソフトDCニッコールくらいの話です。このレンズでは、絞ってもソフト量が変わらないソフトフォーカスレンズとするために「くねくねと曲がりくねった」球面収差曲線になっているのが特徴的です。ニッコール初の非球面レンズはとうとう製品化されることは無く、悲しいかな試作品が社内に一本現存するのみです。

 

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次に紹介するのがノクトニッコールです。「入手可能な非球面ニッコール」のうち最古かもしれません。ノクトニッコールでは、像高の高いところにある点光源が点として映らない収差、コマ収差(特にサジタルコマフレア)の補正のために非球面レンズを採用しています。OP Fisheyeよりも高い精度が要求されるため熟練の職人による手磨きと高精度の検査機器を用いた検査を採用し、その影響で当時の価格でAI 50/1.2Sの3倍したとされています。今なら10倍くらいしますから安いですね、なんちゃって。

 

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非球面レンズはズームレンズの高性能化に非常に大きな影響を与えました。おそらく非球面レンズなしには現在の高倍率ズームや小型ズームは存在しえなかったでしょう(あったとしても性能がぱっとしないものと思われます)。ほかにも計算機の高速化やフォーカスカムの登場といった要因もありますが、それを差し引いても重要です。このレンズは佐藤治夫氏が設計したニッコールの定番標準高倍率ズーム「24-120mm」級の第一号ですが、非球面レンズを採用することでレンズ枚数を減らし、高画質と小型化並びに広角化を両立しています。もし非球面レンズがなければ、実用的な画質を持った24mmスタートの凸群先行ズームは実現できなかったやもしれません。

この時代のレンズには、佐藤氏や大下氏が設計したレンズが多数あります。特に佐藤氏は非球面レンズを様々な箇所で用いることで、レンズの小型高性能化に役立てています。

ほかにも佐藤氏は非球面レンズを活用し以下のようなレンズを設計しています。

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はじめて3倍のズーム比を持った2群ズームです。ちなみにIXニッコールAPSフィルム用レンズです。このレンズの設計のためにレンズ製造面においても専用の樹脂の設計などが行われ、以後の安価な非球面レンズの量産に先鞭をつけました。

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個人的に佐藤氏の最高傑作のひとつはこれだと思っています。今でもなじみのある焦点距離、28-80mmの定番「キットレンズ」です。オールドレンズに沼った人がこの焦点距離を見ると、解像力が悪いんだろうなぁとか、ヌケが悪いんだろうなぁとか考え、いくら安くても避けて通りがちですが、このレンズは違います。構成レンズはたった6枚。レトロフォーカスタイプの基礎を確立したNIKKOR-H Auto 28/3.5と同じ構成枚数で、28mmではそれよりも1/6段明るい光学系を達成しています。おまけに28/3.5より寄れます。

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24-120の回で先に企画部門から提案されていた28-200mmですが、結局作ったんですよね(なおこのレンズ以前にもDタイプのものが販売されていますので改良モデルということになります)。非球面レンズ(とEDレンズ)の積極的採用で、フィルム晩期にもかかわらずZ DX 18-140にも引けを取らない小型軽量の高倍率ズームが完成しました。

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28-200mmと同時期に発売された初のDXレンズです。設計の開始も同時期ですし、文中の『当時佐藤さんは別の標準ズームの開発を抱えており、』の『標準ズーム』は28-200のことだったかもしれませんね(ちなみにこの時点で28-80Gは量産に移行しています)。DX 12-24においても、第1レンズをはじめ3枚の非球面レンズが採用されています。

こうして普及、進化した非球面レンズは、今や高級レンズからキットレンズまでほとんどのレンズに採用され、球面レンズのみで構成された光学系を探す方が大変になっています。

 

近年ではスマートフォンに搭載されているレンズにも「非球面度」の強い非球面レンズが使われているなど、非球面レンズの存在感は日に日に増しています。今でこそ大量生産ができますが、昔は職人の手によって一枚一枚研磨されていました。そんな話に思いを馳せながら最新のレンズを使うのもまた乙なものです。