リトルニコ爺の手記

わかばだいとかいうハンネでTwitterをやってる人が昔やってたYahoo!ブログから引き継いでリスタートした沼みの深いブログ。

「乗車機会を向上します」の功罪 優等列車はどうあるべきか

「自分の最寄駅に優等列車が停まればいいのに」

誰もが考えたことがあることだと思います。当然僕もあります。

最寄りに優等列車が停まるようになれば、停まるというだけでステータスがあがったような気がしますし、停まることによって人が多く集まりやすくなるといった利点もあります。少なくとも地元の人間で優等列車の停車を歓迎しない声はないでしょう。

 

では最寄駅ではない関係ない駅に優等列車が停まるようになったら?

 

千歳烏山問題や杉並三駅問題、そして今大きな話題となっている京葉線の通勤快速廃止騒動。すべては(広義の)ダイヤ設計の問題です。どの駅にどの列車を停めるかは、列車の運行(ダイヤグラムを実現可能に組み立てる「設計」)だけの問題にとどまりません。

自分の考えをちょっとまとめてみようと思います。

 

平行ダイヤ

京王井の頭線 平日朝の平行ダイヤ

ひとつの究極の形として、すべての駅にすべての列車が停まる平行ダイヤがあります。実際に都心の地下鉄の多くの路線には種別の設定がありませんよね。実際それが最適解だからです。

平行ダイヤの利点はいくつかあります。第一に、平行ダイヤではすべての輸送パターンに応えることができます。

地下鉄では、多くの駅で他路線との乗り換えがありますし、そうでなくてもすべての駅に利用者がいます。より詳しく言うと、地下鉄駅にははっきりしたベッドタウンが少なく(一部除く)、昼間人口のほうが多い地区を多くカバーしています。つまり、旅客が需要する輸送サービスの範囲(始点と終点)の組み合わせごとの需要量の差が比較的小さく、みんないろんなところからいろんなところへ乗っているということが言えます。そのような路線では、優等列車を走らせる必要性はほとんどないと考えられます。

第二に、平行ダイヤでは理論上本数を無限に増やせます。

京王井の頭線 日中パターン(上り)
永福町では追い越し(緩急接続)ができるため線を交差させられる

優等列車を走らせる場合、緩行列車と優等列車では当然始点駅と終点駅間の所要時間が異なります。何も考えずにダイヤを組むと、ダイヤグラム上で列車の線が交差(=追突)してしまい実現不可能になってしまいます。実現可能にするには、たとえば傾きの急な優等列車の線を傾きの緩やかな緩行列車の線で挟むことが考えられますが、その間このダイヤでは合計3本の列車しか設定できません。しかしダイヤが平行であれば、2本の平行線の間にはその線に平行な線を無限本書けます。現実には停車時間や折り返しなどのために設定できる本数に上限がありますが、とはいえ本数を稼ぐにはこの方法が最も有効です。

実際、京王井の頭線の朝ラッシュ帯では全列車が【各停】として運転されています。このおかげで日中は8分に2本(【急行】と【各停】各1本)の路線に2~3分おきに列車を設定でき、渋谷に5両編成で突っ込む路線でも大量輸送を実現しています。

 

優等列車の存在意義

それでは優等列車はなぜ存在するのでしょうか?

東海道新幹線路線図と〔のぞみ〕号停車駅(白色丸印)
Wikipedia東海道新幹線」より URLは後述

東海道新幹線〔のぞみ〕号は、東京・品川・新横浜と停車したのち名古屋まですっ飛ばします。静岡県全スルーです。じゃあ静岡県内にも止めた方がいいのか、と思いますが然に非ず。現実として〔のぞみ〕号は東京~名古屋~京都~大阪間を移動しようとする人でいっぱいです。雑な言い方をすると、それだけ多くの人が静岡県に用がない(止まらなくてよい)ということです。

このように、特定の駅間の輸送需要が(極端に)高い場合に優等列車の必要性が高まります。優等列車を設定すると、その駅間の輸送を高速化・集中化できます(遠近分離といいます)。さらに、優等列車を使わない利用者にとっても、列車の混雑の緩和や乗り換えによる速達化が見込まれ、必ずしも悪いことばかりではありません。東海道新幹線を全列車〔こだま〕にしたらヤバい、そういうことです。

 

「乗車機会」?

重要になってくるのが、優等列車の停車駅設計です。

近年、「乗車機会」という言葉を耳にする機会が多くなったように感じます。この言葉は専らダイヤ改正のプレスリリースで「乗車機会の向上」という謳い文句で優等列車の停車駅増加を伝える際に使われています。

そもそも優等列車は「乗車機会」の対極に位置しています。細かい需要を潔く切り捨てて大きな需要に応えるためのものですから、細かい需要に反応し始めたら優等である意味がなくなります。

〔のぞみ〕号を思い出すと、(少なくとも東名間において)静岡県民は〔のぞみ〕号に乗ることはできません。しかし上で述べた通り、それが東海道新幹線における最適解です。「静岡県民の東海道新幹線への乗車機会を向上します」として〔のぞみ〕号をたとえば浜松駅と静岡駅に停車させるといったことは、〔のぞみ〕号の存在意義に反するのです。

ですから、優等列車の停車駅には特段需要が大きい駅の組み合わせを選ぶ必要があります(現実には緩急接続があるのでそれも考慮に入れる必要があります)。引き算で考えねばならないのです。「乗車機会の向上」という口当たりの良い言葉を借りて安易に停車駅を増やすことは、優等列車優等列車であるアイデンティティを奪っているも同然です。

 

停車駅設定に係る直近の諸問題

最後に直近の諸問題を考えてみましょう。

 

千歳烏山問題

NEWS RELEASE 2021/12/10 「京王線 ダイヤ改正を実施します」京王電鉄株式会社

trains552259.hatenablog.com

千歳烏山問題」と呼んでいるのは自分だけだと思いますが、京王線の【特急】(旧【準特急】)が千歳烏山に停車するのはどうかというお話です。以前にもブログに書いているのでそちらもご覧ください。

千歳烏山駅は乗り換え路線もない駅で、利用者は多いとはいえ主に地元住民に限られます。はっきり言って大した駅ではないです。この駅が「乗車機会の向上」という謳い文句のもと優等種別の停車駅に加えられ、混雑の悪化と所要時間の増加という観点で多摩民(調布およびさらに遠方から明大前・新宿に向かう利用者)から大顰蹙ひんしゅくを買っているのです。

私は「利用者がそこそこ多い駅ほど最上位種別は飛ばせ」と考えています。利用者の種類を種別設計によって適切に分けることによって、すべての利用者にとって快適な輸送を実現できるのです。

種別設計はセグメンテーションです。千歳烏山問題はその失敗例です。

 

京葉線2024年ダイヤ改正に関する騒動 

JR東日本ニュース 「2024年ダイヤ改正について」 東日本旅客鉄道株式会社千葉支社

www3.nhk.or.jp

www.sankei.com

自分も騒動が想像以上に大きくなっていてちょっとびっくりしていますが、JR東日本が次回改正で京葉線の朝夕ラッシュ帯の快速・通勤快速の設定をとりやめる(「各駅停車に変更する」)と発表したことに対し、地元住民および千葉市・千葉県・一ノ宮町など沿線自治体が反発しています。爆破予告すらありましたね。

私は京葉線の利用者ではないので深くは掘り下げませんが、京葉線範囲内の利用者はまだしも蘇我駅よりも遠方から東京へ通勤・通学している方にとってこの改正はなかなか酷だとは思います。井の頭線の平行ダイヤは各停でも乗り通して30分かからない(待ち合わせを除く)短い路線だから成立しているのであって、それを通勤快速ですら40分以上かかる京葉線でやるのはさすがに無理があります。

しかも井の頭線のように「本数を増やすために」平行ダイヤにするわけでもなく、それどころか減便するとしています。それなのに「快速通過駅の乗車可能回数が増えます」。神経を逆撫でされているようで余計に腹が立ちます(グリーン車制度変更の報の時にも思いましたがこういうの景表法か何かで取り締まれないんでしょうか)。

私は正直このダイヤで地元住民の理解が得られるわけがないと思っています。もし京王が「朝ラッシュ帯の調布~新宿は全列車【各停】で運転します」とか言い出したら本社に殴り込みに行くかもしれません。現実に全国ニュースになる程度には問題化しているので、撤回するほかないと思います。

この騒動で、ダイヤ設計は鉄道会社の一存で好き勝手できるものではないという認識が各鉄道会社に伝わることを祈っています。

 

おわりに

「自分の最寄駅に優等列車が停まればいいのに」

たしかにそう思います。しかし、優等列車は飛ばすことに価値があります。しかも優等列車を需要する利用者はその多くが優等列車に流れるので、通過駅の利用者としても空いてる列車に乗れて快適です。

極端な変更は分断を引き起こすので好ましくないですが、いかに停車駅を上手に設定するか、そしていかに通過を受け入れるかが、路線全体で見た利便性の最大化に貢献すると思います。

 

(ミクロ)経済学では制度設計も扱います。曰く、制度は北風ではなく太陽です(cf. 北風と太陽 - Wikipedia )。どのように達成したい目標に人を導くかが制度設計の鍵であり、設計者の腕の見せ所です。考えてみると面白いですよ。

 

宣伝

ここまで読み進めていただきありがとうございます。

自作京王時刻表 -メロンブックス

京王線のダイヤに関しては、私も沿線民であるのでどうにかしたいと考えており、実際に自分でダイヤを組んでみました。未完成ではありますがぜひお手に取ってご覧いただき、ご感想をお寄せください(ここのコメント欄とかTwitterとか)。

出典

東海道新幹線の路線図の出典です。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/9/91/LineMap_TokaidoS_jp.png/768px-LineMap_TokaidoS_jp.png 2024年1月16日閲覧